ケルティックハープ通信 2026年10月号 インタビュー

生徒さんインタビュー:ハープ歴2年・Kumikoさん

60歳でケルティックハープを始め、その2年後の夏、ひとりでアイルランドのサマースクールへ。楽譜のない教室で、音名はすべてABC。戸惑いながらも「楽しみがほんと増えた」と語るKumikoさんの一週間と、これからの夢について伺いました。

村の壁画に描かれたオキャロラン
村の壁画に描かれたオキャロラン

「思い残したことをしておきたい」。60歳でハープを始める

松岡:今日はアイルランドのお話を聞かせていただけるということで、ありがとうございます。まず初めに、60歳を超えてからハープを始められたと伺いましたが、どういうきっかけだったのですか?

Kumiko:ハープを習いたくて習いたくて。でも、習う場所が本当に見つけられなかったんです。近くにあれば通いたい、でも私が住んでいるエリアには教室がなかったんです。

松岡:ハープは、もともと憧れの楽器だったんですね。

Kumiko:ずっと憧れの楽器でした。ただ、私はグランドハープしか知らなかったんです。アイリッシュハープのような小型のハープがあることに気づいたのは、たぶん子育ての途中ぐらい。「こんなちっちゃいハープあるんだ」って。でも当時は忙しくて、習うどころではなかったですし、仕事も始めたりしていましたから。

松岡:それが60歳で、というのは。

Kumiko:60になると、何かやっぱり、思い残したことをしておきたいという気持ちがふつふつと湧いてくるんですよね。それで、ハープを習ってみたいと思って探したら、偶然、私の駅の隣の駅で教えている先生を見つけたんです。「あ、もうこれは習うしかないわ」と。

松岡:すごいご縁ですね。

Kumiko:でも、やるまでは不安じゃないですか。できるかどうか。それでまず安いハープを買って、ぽろんぽろんとやってみて。ピアノもやっていたので、それも60からまた再開しました。
ただ、指の動きがピアノとハープでは全く逆ですよね。最初はそれに戸惑いました。
慣れてきた今はそんなに意識しなくても弾けるようになっています。

楽器は、その国の姿を映す。「習ったら、絶対アイルランドに行く」

松岡:ハープを始めた時から、アイルランドに行きたいというお気持ちがあったのですか?

Kumiko:ハープを習ったら、もう絶対アイルランドに行きたいって思っていました。もう絶対行くって決めていたんです。

松岡:本場を見たい、ということでしょうか。

Kumiko:楽器って、その国の象徴というか、その国の文化を理解する入り口だと思うんです。昔インドに行ったとき、貧富の差の激しさに、もう早く帰りたくて帰りたくて。でも最後のほうでシタールの演奏を聴かせてもらったら、その国が背負っているものをものすごく感じて、涙が出てきたんです。楽器って、その国を表すんだなあって。

松岡:楽器を通して、国に出会う。

Kumiko:ケルトというと、スコットランドとアイルランドですよね。スコットランドは大好きで、何度もドライブや電車で行きました。でもアイルランドには行ったことがなかった。だから、ハープを習ったら、それを携えてアイルランドに行ってみたいと。

ハープとフィドルの彫刻
ハープとフィドルの彫刻

「一人でしか行けない旅」。元気なうちに、足腰が大丈夫なうちに

松岡:今回のご旅行は、お一人で行かれたんですよね。

Kumiko:そう。一人でしか行けないじゃないですか。友達や家族と行くと、「なんでハープに付き合わないといけないの」ってなるでしょう(笑)。だからこれは一人でしか行けない旅行と思っていました。早く、元気なうちに、足腰が大丈夫なうちに行っておかないと、と思って、思い切って行きました。

松岡:上達してから、とは思われなかったのですか。

Kumiko:私が上手くなるのを待っていても仕方がないから。やっぱり、子どもや若い人と違って、60を超えて習うとなかなか上達は遅いんですよ。ものすごく。すぐ忘れちゃうし。それは仕方がないんです。だから、それよりも「行くと決めたことを実行しよう」と。一年、二年待っていたら、何が起こるかわからないじゃないですか。思い残すことのないように、と思って。

松岡:すごい勇気ですね。

Kumiko:実は、30年ぐらい前に夫の駐在でイギリスのウィンザーに住んでいたことがあるんです。だからイギリスからヨーロッパはすぐに行けてしまう、という感覚がずっと残っていて。日本に帰ってきても、お金のこと以外のハードルは低いんです。ただ、コロナ以降は初めての海外旅行だったので、ちょっと緊張しました。

村に住む日本人の方が窓口に。ホテルのない村のサマースクール

松岡:行かれたのは、どちらのサマースクールだったのですか?

Kumiko:ドラムシャンボという村のサマースクールです。オキャロランのお墓がある村の、隣の村だと思います。ダブリンからバスで2時間ぐらいのところ。

ダブリンからのバスの車窓
ダブリンからのバスの車窓

松岡:そちらはどうやって見つけられたんですか?

Kumiko:ネットで。ドラムシャンボに住んでいる日本人の女性がいらっしゃるんです。ご主人がアイルランドの方で。その方がホームページを持っておられて、エージェントのような感じで窓口をしてくださるんです。申し込みも、ホームステイの手配も、全部やってくださる。ホテルもないような村なので、もう頼るしかない。

松岡:日本語でいろいろ情報をいただけるのは、心強いですね。

Kumiko:本当に。他にもハープ演奏者の方がたくさんホームステイされていて、いろんな方がこの方の手配で来ていることにも驚きました。「こんなところに日本人」という番組の取材を受けられたこともあるそうで、それも後で知って。この方に相談したら、もう百人力です。

松岡:移動や申し込みで、大変なことはありましたか?

Kumiko:近くにキャリック・オン・シャノンという町があって、長距離バスが止まるんです。そこまでは自分で行くことになっていて、ダブリン空港から直通のバスのチケットをオンラインで取りました。空港のバス停がわかりにくかったのが、唯一の困りごとでしたね。でも時間に余裕を持って動けば、何も困ることはないです。

松岡:なんでも、ハープ以外の楽器の演奏者さんも集まられたそうですね。

Kumiko:そうなんです。その翌週が、オキャロランのお墓のある村で、ハープばかりのサマースクールの週で。一瞬そちらにしようか迷ったんですけど、窓口の方が「この週のほうが賑やかで、初心者でも楽しめると思います」と勧めてくださって。ハープだけだと、ハープを長年やっている上級者の方たちが行きそうで、ハードルが高そうじゃないですか。だから、フィドルやコンサーティーナ、歌、笛、いろんなクラスがあっちこっちのキャンパスでやっている週に行かせていただきました。

ドラムシャンボの村
ドラムシャンボの村

楽譜なし、音名はABC。「想像してなかった」教室の一週間

松岡:サマーコースの中身についてもう少し伺います。クラス分けはどのようにされたのですか?

Kumiko:当日まで何の情報もなくて。「さあ行くよ」とロウ家のご主人に連れられて会場へ行きました。そうしたらクラス分けの、弾き合いのようなチェックがあって。「ええっ」て。私、本当に人前でハープを弾いたことがなかったんです。

サマースクールの看板
サマースクールの看板

松岡:人前での初演奏が、なんとアイルランドの教室で!

Kumiko:でも、ちゃんと演奏を見てもらわないといけないと思って頑張りました。後でわかったのですが、クラスは上級と、初級&中級の2クラスでした。「ハープの経験年数は?」と聞かれたので、経験年数もクラス分けに影響しているようです。

松岡:私が参加したことのあるアイルランドのサマースクールでも、弾かずに経験年数で分けられたことがありました。クラスはどんな方たちでしたか?

Kumiko:私のクラスは、私以外は全員アイルランドの方でした。年齢は、ティーンエイジャーより少し下の子たちと、私たち「マダム世代」に分かれていて。地元の子もいましたし、ダブリンのような、ちょっと都会から来ている子たちも多かったかな。

松岡:授業はどんな形で進むのですか?

Kumiko:6日間で、先生が2日ずつ、3人交代でした。楽譜がないことは事前に聞いていたので、それは覚悟していたんです。でも、想像していなかった。「しまった」と思ったのが、音名が全部ABCなんですよね。

授業で使われた教室
授業で使われた教室

松岡:ドレミではなく。

Kumiko:ピアノをやっていたので、ドレミなら追えるんです。でもABCDEFと言われると、コードしか思い浮かばなくて。「E=ミ」といちいち頭の中で変換しながら聞くのは、もう無理、と思って。子どもの頃は絶対音感があったのに、弾かなくなって、年とともに失ってしまって。だからやっぱり、すごくきつかったですね。

松岡:どう乗り切られたんですか?

Kumiko:スマホで録音しました。小節ごとに区切ってもらって。でも、すぐ忘れてしまうんです(笑)。帰ってから、自分で書いた「DF」「ED」というメモを見ても、上がるのか下がるのかわからなくて。もう録音するしかないですね。

松岡:先生方はいかがでしたか。

Kumiko:とても素敵な方たちでした。マイケル・ルーニーの曲も教わりました。その場でアレンジしてくださって、手書きの譜面もいただいて。先生のアレンジが素敵だったので、もっと習いたいなあって。

道の真ん中でセッション。毎晩のコンサートと、ホームステイの朝

松岡:授業以外の時間は、どう過ごされましたか?

Kumiko:午前中は授業で、午後は遠足のような企画に行ったり、自分でどこかに行ったり、お友達と出かけたり。それから、夜は毎晩コンサートがあるんです。スクールの参加者が無料で聴くことができるものや、すごくリーズナブルに参加できるコンサートが多かったです。予定が詰まっていて、毎日ものすごく忙しかったです。

松岡:町の様子はいかがでしたか。

Kumiko:町なかの道で、小さな子どもたちまでセッションをしているんです。それを見ながらお茶を飲んだのが良い思い出です。どのパブに入ってもセッションがあって、ダブリンでも同じでした。窓口の方によると、パブではどの時期でもセッションが行われているそうです。

村の通り
村の通り

松岡:ホームステイはいかがでしたか。

Kumiko:この年でホームステイというのは、私も初めてで、どうかなと思っていたんです。そうしたら、私より少し若いぐらいのお母さんのご家庭で、お子さんが4人。毎朝、1時間ぐらい英語で話してくれるんですよ。私は英語に関しては何も期待していなかったんですけど、1週間後には、来た時よりもずっとクリアに英語が聞けるようになっていました。

ホームステイ先のリビング
ホームステイ先のリビング

松岡:午前中、集中して英語を聞いていたことも大きいかもしれませんね。

Kumiko:そうだと思います。あと、そのご家庭にもハープが置いてあって。お母さんが「子どもが学校でハープを習っていた時に、自分もと思って買ったけど、今は弾いてないわ」と。アイルランドのご家庭では身近なところにハープがあるんだなあと思いました。

ホームステイ先にあったハープ
ホームステイ先にあったハープ

帰国して、練習が変わった。オキャロランへの愛着

松岡:帰国されてから、何か変わったことはありますか?

Kumiko:練習の回数が増えました。以前は、月1回の先生のレッスンの1週間前や前日に、慌てて練習していたんです。今は、ちょっとでも上手くなりたいなあって。もう、すごく熱心になりました。

松岡:聴く音楽も変わりましたか。

Kumiko:帰国してすぐ、オキャロランの曲集を買いました。以前はポピュラーやクラシックをアイリッシュハープで弾きたいと思っていたんですけど、今はアイリッシュの曲に偏ってきて。余計に愛着が湧いて、オキャロランに。楽しみが、ほんと増えましたよね。

松岡:行ってよかった、と。

Kumiko:行ったからこそ、こう感じられるので、良い経験だったなあと思います。少しだけど、自信にもなるしね。「ちゃんとやってる」っていう。

次の目標は、アイルランドでの個人レッスンと、地域のハープクラブ

松岡:これからの目標を教えてください。

Kumiko:アイルランド旅は一生に一度、もう二度と行くことはないだろうと思っていたんです。でも、上達したら、また行って個人レッスンを受けたいです。

松岡:もう一つ、地域での活動も考えていらっしゃるとか。

Kumiko:今、中学校の部活が地域クラブへ移行しているでしょう。だから65歳を過ぎたら、ハープの地域クラブを立ち上げたいなと思っているんです。ミニハープだったらハープを始める敷居も低いと思っています。私の住んでいる街が、音楽が暮らしに溶け込んだエリアになってほしくて。その夢の実現には、私もハープを弾けたら良いなと思うので、上達したいんです。

松岡:素敵な目標ですね。日本で仲間を作ることも大切ですよね。

Kumiko:ハープ仲間を作りたいです。仲間がいると、モチベーションが上がりますよね。

これから行く人へ。ABCの訓練と、スマホの空き容量

松岡:最後に、アイルランドのサマースクールに行こうか迷っている方へ、ひと言お願いします。

Kumiko:皆さんのほうが経験豊富だと思うので恐縮なんですが……。音名をABCで言われても、ぱっと反応できる訓練をしてから行くと、すごくいいと思います。そこにちょっと慣れてから行かれたら、きっとすっとメロディが入ってくるでしょうね。

松岡:録音の準備もでしょうか。

Kumiko:はい、スマホの容量を空けて持っていって、録音して復習できると良いと思います。それから英語に関しては、色々と考えて構えてしまう方がいるかもしれませんが、楽器を通してのコミュニケーションなので、実際に行ってしまえば言葉は何とかなるかなと思います。現地に日本人の窓口の方がいらっしゃるのも、本当に心強いです。

松岡:今日は貴重なお話を、ありがとうございました。

Kumiko:こちらこそ、ありがとうございました。

川沿いの風景
川沿いの風景

――Kumikoさんは60歳からケルティックハープを習い始め、2026年夏、ハープ歴2年でアイルランド・ドラムシャンボのサマースクールに参加されました。聞き手はケルティックハープ奏者の松岡莉子でした。

参考情報


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